長崎に原爆が落ちて80年目の夏
これはある家族の実話です そしてびわから基金が生まれた原点の物語です
60歳後半を迎えたころのお話し
重度の障がいをもつ息子を育てておよそ40年が過ぎていた 毎朝息子を車椅子から抱き上げ浴槽へ入れる それが変わらぬ日常だった
「この子が気持ちよさそうにしている顔を見ると疲れなんて吹き飛ぶんです」 父は年齢を重ねても その言葉を変えなかった
しかし父は60代後半になった 限界は近づいていた 医者から膝の手術を勧められた
「…できません 手術したら しばらく息子の入浴介助ができなくなる それができないのは 息子に申し訳ない」
「この施設がなければ どうなっていたか…」
そんな父親が出島福祉村の屋外温泉に息子を連れてきた日のことを職員は今でも鮮明に覚えている
息子は湯船に浸かり秋の青空を見上げながらただ静かに笑っていた その顔を見て父は静かに涙をこぼした
「この施設がなかったら息子はこんな顔をすることもなかった 私が死んだ後もこういう場所がずっと続いてほしいんです」
父親の言葉は池田理事長の胸に深く刺さった 24年間ずっとずっと同じ言葉を聞き続けてきた 「親亡き後」という誰も引き受けようとしてこなかった問い
その答えを出すためにびわから基金は生まれました